本稿は、Michael Adler , Note, Cyberspace , General Searches , and
Digital Contraband : The Fourth Amendment and the Net - Wide Search
, 105 YALE. L. J. 1093 (1996). の翻訳である。
本論文の筆者、マイケル・アドラー氏は、カリフォルニア州ロサンゼルス出身で、アマースト大学(Amherst
College)を卒業し、エール・ロー・スクール(Yale Law School)においてコンピュータと公法に焦点をあてた研究を行っている。また、彼は、コンピュータ及びインターネットの専門家でもある。
右論文は、インターネットの発展に伴い新たに出現した禁制品、「デジタル禁制品」に対して、インターネット上において行なわれる理論上の捜索について述べたものである。本論文においては、「明確な境界」基準(bright-line
rule)及び利益衡量基準(balancing rule)それぞれの基準のもとにおける、インターネット上の捜索の合憲性について述べ、さらに、利益衡量基準の欠点を指摘し、新たな利益衡量を行なうことによって、修正第4条の法理を明らかにしようと試みている。
修正第4条において当初問題となったのは、電話盗聴が、修正第4条にいう捜索・押収に該当するかという問題であった。
オルムステッド事件(1)を,その端緒とする、「不法侵害法則(trespass rule)」のもとにおいては、修正第4条は、「身体、住居、書類及び所有物」に対して、物理的な侵入又は侵害が、加えられた場合に適用されると解釈された。そのため押収物は有体物に限られると解され、電話盗聴は修正第4条の適用外とされたのである。つまり、「不法侵害法則」のもとでは、住居などの、憲法上保護された領域に対して、物理的侵入が加えられないかぎり、不合理な捜索・押収であるとはされなかったのである。
「不法侵害法則」は、物理的侵入が、加えられたか否かという明確かつ客観的な事実に基づいて、その捜索の合理性を判断しようとしたことから、本論文にいう「明確な境界」基準("bright-line"rule)の一つであるといえる。
しかし、カッツ事件(2)において裁判所は、憲法上保護された領域であろうとなかろうと、政府の侵入から個人のプライバシーは保護されるとした。つまり、修正第4条は、「『場所』を保護するのではなく『人』を保護する」(3)と解し、また、「個人に対して与えられた私的な領域に対する物理的侵入が、存在しても又はしなくても、同条項の適用に変化がないことは明らかである」(4)との見解を示し、不法侵害法則を破棄したのである。よって、物理的侵入の存否という、明確かつ客観的事実に基づいて適用されてきた「明確な境界」基準は破棄され、各事例ごとに利益衡量を行なって判断を下す、利益衡量基準が、新たに採用されることとなったのである。
本論文において注目すべき点は、以上の二つの基準それぞれのもとにおいて、インターネット上の仮想捜索は、前者の基準のもとでは違法であるが、後者の基準のもとでは合法としている点であろう。
インターネット上のデジタル禁制品に対する捜索については、ソフトの違法改造又は海賊版などは、当然、著作権法や契約法違反で取り締まられるべきであると考えられる。その他、他人のパスワードを盗みだすソフトや、暗号化された文書を解読するソフトなども取り締まられてしかるべきであろう。しかし、コンピュータ通信を暗号化するためにコンピュータに組み込まれ、政府が犯罪捜査をする際には、コンピュータ通信を盗聴することができる、クリッパー・チップ(Clipper
Chip)(5)を無効にするソフトなども、取り締まりの対象にするべきかなど、デジタル禁制品であるか否かの区別について、現在において明確な基準はないといえよう。
さらには、ポルノや、反体制的な思想を有する人々の、宣言書などを規制するのは、表現の自由との兼ね合いで、当然問題となると考えられ、また、すでに現実の問題となっている。
1996年2月8日、1934年制定の通信法(Communications Act of 1934)が改正され、電気通信法(Telecommunications
Act of 1996)が成立した。その第5章を構成するのが、通信品位法(Communications
Decency Act)である。通信品位法はまさに、インターネット上における猥褻物、つまり、本論文にいうデジタル禁制品(Digital
Contraband)を規制することを目的として、制定されたと考えられる。しかし、本法律に反対する意見は非常に多く、アメリカ市民自由連合(ACLU)は、「18歳未満の未成年者に対し、インターネット上の通信において、『猥褻である(indecent)』又は『明らかに不快である(patently
offensive)』と考えられる通信を規制する、通信品位法(CDA)の規定は、修正第1条及び修正第5条デュー・プロセス条項により保護される権利を、侵害している」(6)として、法律施行の差止を請求した。ペンシルバニア州東部連邦地裁は、本法律が成立した1週間後に、一方的緊急差止命令(T.R.O)を下し(7)そして、同年6月11日、差止請求は認められた。(8)今後、連邦最高裁がどのような判断を下すのか、注目されるところである。(尚、本稿を紀要に掲載後、連邦最高裁は、通信品位法違憲判決を下した。)
爆発的に拡大し、発展を続けているインターネットは、その出現からの月日も浅く、未だ未成熟な空間である。また、インターネット上の通信の秘密の保障、著作権等に関して、様々な研究が行われてはいるものの、現段階においては、法的には空白地帯であるとも言えるのではないだろうか。将来的に、社会はインターネット上へその多くの機能を移行し、人々はインターネットを介して様々な社会サービスを享受することになるであろう。それに伴い、インターネットも、当然「法治空間」として、法の規制のもと、発展していくべきではないだろうか。
本翻訳における訳語について、特に、ブラック法律辞典(9)等にも定義が載っていない用語、"bright-line"rule )
について、アドラー氏から、次のような説明をいただいたので、記しておきたい。
「『明確な境界』基準("bright-line"rule)とは、明確に、そして客観的に適用される法律上の基準である。同時に、『明確な境界』基準という用語は、ある目的を達成するための基準としては、適格さを欠くという代償を払いながらも、単純な法則を用いてきたという意味合いも含んでいる。例えば、人々に安全な運転を保障しようと考えた場合、次のように法律で規定したとする。『人民は、安全な方法で運転しなければならない。』この規定から、人々は、安全な運転とはどのような運転なのか、理解することができるであろうか。警察官や判事も含め、それぞれ各個人によって、その意味のとりかたは、異なるであろう。時速110キロ制限などのような速度制限は、安全な運転を保障するという目的を達成するための『明確な境界』基準である。それは、客観的であり、それに違反したかどうかという判断も容易である。しかし、時速150キロで車を運転しても、安全な場合もある。その一方で、雨が降っているとき、または、道路が混雑しているときには、時速80キロが、安全な速度の場合もあるのである。その結果として、『明確な境界』基準は、安全な行為を禁じ、安全ではない行為を許してしまう場合もあるのである。しかしながら、『明確な境界』基準は、その大部分が的確であり、それを執行し従わせるのが容易であるという点においては、優れているといえるのである。」
前記の説明及び、本論文において述べられている、住居や事務所とそれ以外の場所との間の境界線等の意味から考え、"bright-line"ruleの訳語ついては、明確かつ客観的な境界を定める法的基準として、「明確な境界」基準と訳すこととする。
最後に、私の不勉強にもかかわらず、つたない質問にも快く、そして懇切丁寧に答えていただいた、マイケル・アドラー氏には、深く感謝の意を表したいと思う。
本翻訳は、The Yale Law Journal Company and Fred B. Rothman & Company
より、The Yale Law Journal, Vol. 105, pages 1093-1120の翻訳及び本紀要への掲載許可を得た。(Reprinted
by permission of The Yale Law Journal Company and Fred B. Rothman Company
from The Yale Law Journal, Vol. 105, pages 1093-1120.)
凡例
“ ”は、鉤括弧「 」又は『 』で表記した。
( )は、丸括弧( )で表記した。
ーは、ダッシュ―で表記した。
,;:は、句読点で表記した。
訳者の挿入・補注は、亀甲〔 〕で表記した。
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