第二章 法体系

 連邦最高裁は、20世紀において、修正第4条の本旨及びその限界を解釈するために、2つの明確な模範例を示した。裁判所は1960年代後半まで、政府の捜索に対する制限を「憲法上保護された領域」(37)という概念に、その基礎を置いていた。このような見解のもと、裁判所は修正第4条を、「明確な境界」(bright-line)として認識していたが、その「明確な境界」とは、私的な領域に対する物理的侵入に対して、相当な理由によって支持された令状を必要とする財産権に基礎づけられた基準である。(38)しかし、州の警察官に対して違法収集証拠排除法則を適用することによって、修正第4条の範囲を大きく広げた1961年のマップ事件判決(39)以降、政府の捜索から保護される領域として「明確な境界」基準(bright-line standard)が与えている領域は、非常に限定的なものであると裁判所は認識するようになる。カッツ事件(40)、カマラ事件(41)、そしてテリー事件(42)の3つの画期的な事件において、裁判所は、修正第4条へのアプローチを改め、「憲法上保護された領域」という概念により賦与されている諸価値を直接的に編入している基準を、明確なものにしようと試みた。中心的な価値として財産権を用いることをやめた利益衡量基準(balancing-method)の成果は、警察における裁量権の濫用の可能性及び捜索に内在する個人のプライバシーへの脅威に対して、捜索における政府の利益を重視する価値中心テスト(value-focused test)を代わりに発展させることとなった。
 第2章では、インターネット上の捜索のおおまかな現状を、次の二つの側面から考察する。一つ目は、カッツ判決以前の「明確な境界」基準(bright-line test)、そして、二つ目は、現在の利益衡量基準(balancing approach)である。ここにおいて、関連のある判例を再考することによって、デジタル禁制品に対するインターネット上の捜索は、「憲法上保護された領域」基準のもとでは本質的に不合理であるが、現在定式化している裁判所の利益衡量基準のもとでは本質的に合理的であるという事柄が明らかになる。もし、この分析が正しいとすれば、次のような疑問が当然生じてくると考えられる。それは、インターネット上の捜索に関する事例は、カッツ判決以前の基準が過剰な保護を与えようとした、非常に変則的な事例以外のなにものでもないのではないかという疑問、そして、裁判所が、利益衡量基準に含まれる利益として認識してこなかった、修正第4条に内在する潜在的に重要な利益が、実際のところ存在するのかどうかといった疑問である。

一、カッツ事件以前の「明確な境界」基準(Bright - Line Standard)

 修正第4条に関する連邦最高裁の最初の重要判例は、ボイド事件(43)であり、裁判所は、財産権の保護は、修正第4条の中核を表わすものであるとした。ボイド事件において、彼らの会社(E.A.Boyd and Sons)は、関税を免除された板硝子を、実際に連邦ビルの建設に使用した数量以上に輸入した事件など、35以上の事件で起訴された。(44)裁判において争点となったのは、会社にとっては不利な証拠であるボイドの書類に対して、政府が罰則付召喚令状(subpoena)を発することができるかどうかという点であった。7人の判事からなる多数意見を執筆したブラッドリー(Bradley)判事は、英国における援助令状の使用の歴史にまでさかのぼり、国王の官吏が「彼らの裁量において、密輸入品の保管場所として疑いのある場所を捜索する」法的な権限を与えられていたことを引き合いに出して説明した。(45)そして、そのような包括的で犯罪の嫌疑がなくても行なわれる捜索に対する抵抗は「植民地において抵抗運動を始めた人々にとってはおそらく、もっとも顕著な出来事であったであろう」(46)と述べた。そして、最後にブラッドリー判事は、「政府及び政府の役人による、人民の家庭の神聖と生活のプライバシーに対するいかなる侵害」(47)をも禁止するのに、個人の財産的利益の保護が役立つものであると結論づけた。裁判所は、それらの書類はボイドの財産であり、それらを所有する権利を有するのはボイドのみであるとした。(48)捜索対象物を限定し、召喚令状によって侵入が最小限に抑えられた「捜索」に対してでさえも、個人の財産的利益は、犯罪を訴追する政府の利益よりも重要であると裁判所は判断したのである。(49)
 最近の諸判決は、ボイド判決において示された絶対的な私的財産の保護からはある程度後退はしたが、(50)いまだに財産権に基礎づけられた方針は維持しているのである。ヘスター事件(51)を始めとした一連の判例において、裁判所は、「憲法上保護された」領域の種類を細かく示した。(52)このような修正第4条の法理のもとにおいては、政府の捜査官は保護されていない領域であれば、どこでも自由に調査することができる、しかし、「僅かではあるが、例外として明らかに定着しており、しかも詳細に示されたもの」(53)は除外され、保護された領域へ公権力が侵入する場合には、相当な理由によって支持された令状が必要とされているのである。
 財産権に基礎づけられた修正第4条の模範的な例は、オルムステッド事件(54)において明確に説明されており、1928年の本件は、裁判所がサイバースペースの法理へ進出した最初の事件として、考えられうる事件である。(55)オルムステッド事件において、裁判所は、連邦捜査官が酒の密売被疑者の自宅や事務所を盗聴したことは、修正第4条に反しないとした。(56)電話盗聴に令状は必要ないとタフト首席判事は述べ、その理由として、「電話線に介入した部分(盗聴器が設置された場所)は、(被疑者の)自宅又は事務所ではない」(57)と述べたのである。連邦捜査官が、自宅又は事務所の物理的な境界を越えて侵入しないかぎり、修正第4条はオルムステッドに対してなんら保護を与えることはないのである。
 30年以上にもわたり適用してきた同一の不法侵害法則を、シルバーマン事件(58)に適用することにより、個人の住宅の暖房ダクトへマイクを挿入することは、修正第4条を侵害する行為であると裁判所は判断した。この小さな挿入物は、暖房設備全体を家全体にわたるマイクへと変えたのである。「盗聴は、原告の占有する住居への正当化されない物理的侵入という手段によって行なわれる」(59)ということ以外のなにものでもなく、その侵入により盗聴が修正第4条に違反すると裁判所は考えたのである。保護された物理的領域への物理的侵入という事実が、オルムステッド事件とシルバーマン事件の間の決定的な違いなのである。
 財産権に基礎づけられた基準のもとにおいては、インターネット上の捜索は、修正第4条の法理に矛盾するものではないことが、シルバーマン事件によって明らかになった。令状なしで憲法上保護された領域へ侵入する政府の行為はいかなるものも、その侵入が最小限のものであったとしても、修正第4条に違反する。捜査官が憲法上保護された領域の外にいるという事実が、インターネット上の捜索において関係がないのと同様に、シルバーマン事件においても裁判所は関係がないと考えたのである。政府の捜索プログラムが、個人の住居や事務所といった神聖な領域へ侵入することは、相当な理由が必要となるきっかけとなるであろう。対象となるハードディスクへ侵入し、走査(scan)を実行するためにコンピュータのコントロールを一時的に掌握するインターネット上の捜索は、そのような侵入を構成すると考えられるのである。
 インターネット上の捜索は、まさにその捜索の性質から、侵入を正当化する相当な理由を排除するのである。なぜなら、物理的に被疑者のハードディスクを押収することのほうが、ネットワークを通してそのハードディスクへアクセスしようと試みることよりも、単純で効果的だからであり、(60)相当な理由を得た捜査官は、従来の捜索と同様に、従来の令状を請求するであろう。一方、法執行官はインターネット上の捜索を、まだ特定されていないデジタル禁制品の所有者を特定するときにのみ使用すると考えられる。その捜索においては、アクセスが可能なできるだけ多くのハードディスクを調査しようと試みるであろうが、ハードディスクにアクセスすることができる可能性と、不法なファイルが存在する可能性とに関連性はない。「明確な境界」基準のもと、そのような捜索は、個別的な被疑事実なしの捜索であると考えられ、 ・ 当然 ・ 修正第4条違反である。

二、カッツ事件とその後:利益衡量基準

 1960年代後半、裁判所は「明確な境界」基準を改め、捜索の際に侵害される個人のプライバシーよりも、捜索における政府の利益を優先させる「利益衡量基準(balancing-test)」を展開した。その結果について、ルイ・サイドマンが次のように述べている。「近年の修正第4条は、捜索によって生じる『付帯的な損害(collateral damage)』と呼ばれてしかるべきものに、焦点を合わせている」。(61)付帯的な損害には、捜索において常につきまとう「暴力行為、破壊行為、屈辱を与える行為」(62)等が含まれることは当然のこと、捜査とは関係のない個人的な情報を不本意ながらも公開することも含まれる。裁判所が、修正第4条の脈絡の中でプライバシーの利益について述べる際に、必ず触れることがある。それは、個人的な事柄を暴露されたり、屈辱を受けない個人の利益であり、政府の捜査官と対面した際に暴力行為を受けないといった、付帯的な損害を受けない個人の利益である。一方、裁判所が、以上のような付帯的な損害を見いだせない場合には、プライバシー侵害もないと考えられよう。
 裁判所が、「明確な境界」基準を見直し始めたのは、「付帯的な損害」を広範に認め、政府には「相当な理由」が必要であるとした一連の判例が、重要な社会的利益を不当に阻害するという問題に直面したためである。カッツ事件(63)において裁判所は、公衆電話の盗聴が、修正第4条に違反するかどうかという問題に直面した。裁判所の結論は、修正第4条の範囲が及ぶ付帯的損害の範囲を、住居や事務所の範囲にとどめたオルムステッド事件やシルバーマン事件の結論を踏襲するかわりに、住居や事務所とそれ以外の場所の間の、絶対的な境界を取り払うというものであった。そして、ステュワート判事は次のように述べている。「ある人物が、自ら承知の上で公に明らかにした事柄は、それが自宅や事務所の中であったとしても、修正第4条の保護の対象とはならない。しかし、その人物が、他人に知られたくないと思っている事柄は、それが一般の人の目に触れる場所であったとしても、憲法上保護されるのである。」(64)カッツの電話は、令状なしで傍受することはできないのである。
 もしカッツ事件において、従来の「相当な理由」の基準が、住居や事務所以外の場所にも適用されるとの見解が示されていたならば、カマラ事件(65)は、住居の捜索において侵入が限定的なものであれば、必ずしも「相当な理由」は必要ないとしたと考えられる。カマラ事件は、住宅の監督官が、居住者の意思に反して住居の一室に立ち入るために、令状が必要であるかどうかという問題を提起した。従来の「相当な理由」基準を厳守することは、住宅監督官の職務執行と相容れるかどうか(66)という、市当局の主張を受け入れ、裁判所はその捜索を支持した。裁判所は、独特の集合的調査の必要性と、「比較的制限されたプライバシーの侵害」(67)とを考え、そのような調査は個別的な被疑事実を欠いているものの、「調査は『合理的な』捜索」であるとしたのである。(68)
 3番目の事件、テリー事件(69)は、警察官による身体捜検が、修正第4条に含まれるかどうかという問題を提起した。裁判所が、従来の「相当な理由」の要求を維持する方向を選んだ場合、警察官の身体捜検に対して無制限の裁量を与えることとなったか、または、捜査官が、対象者が武装していないとの確信を得ることができる前に、「相当な理由」が必要であるとしたかの、どちらかであったと考えられる。また一方、裁判所は従来の基準を変更するかわりに、「修正第4条は、政府の行為の開始段階に前提条件を賦課することにより、政府の行為の範囲を制限するという手続をとるのである」(70)と述べたのである。「犯罪の嫌疑が明白なもの」(71)であれば身体捜検は認められるとし、テリー事件は、侵入的捜索に必要とされる嫌疑の基準を調整した。この調整はまた、尺度を変化させる結果ともなり、捜索が侵入行為が少なければ少ないほど、「合理的な」捜索に必要な手続的要求の必要性も少なくなるのである。
 カッツ事件、カマラ事件そしてテリー事件において展開した「利益衡量基準」が、引き続き住居や事務所に、例外的に高度の保護基準を設定したことはいうまでもない。(72)それらの結果が類似していること - そして説明方法が類似していること(73)  - からといって、原則は、あいまいに変更されるべきではない。利益衡量基準により、住居や事務所に対して与えられている、同様の高いレベルの保護は、住居や事務所への立ち入るということは、重大な付帯的損害が実際のところ確実にそれに伴って生じているという事実に基づいているのである。サイドマン(Seidman)教授が述べているように、警察がそのような捜索を行なうときには必ずといってもよいほど、合法的な活動に抵触し、個人の所有物を破壊し、そして彼らが知る権利のない詳細な個人情報を明かすのである。(74)捜査官が、「公の場所から離れている・・・所有物の(位置)を無差別に監視する」(75)ことのみを許可され、家の中に持ち込まれることになる物の中に、追跡装置をただ仕組んだという事件においてでさえも、裁判所は、付帯的な公開がなされる蓋然性がある場合には、司法による抑制を要求するのに十分重要な事柄であると判断した。(76)個人の住居は、「修正第4条が、政府による干渉や禁止から保護することを意図している、私的な活動を保護」するために、「政府の侵入から、最も手厚く保護されるべき」空間である。(77)
 しかしながら、裁判所が、「無令状の家宅捜索は不合理であると考えられる」(78)との見解を示すことがあるとはいえ、裁判所が、捜索に伴う損害よりも、捜索に対する社会的必要性の方が優先すると考えた場合には、令状が必要であるとはされないのである。カマラ事件はそういった事件の一つであった。保護観察者の住居に対する無令状捜索を支持したグリフィン事件(79)もまた同様である。グリフィン事件において裁判所は、通常、家宅捜索は「令状に準じた場合にのみ行なわれるが・・・法を執行するに際して、通常の必要性を越える特別の必要性があり、令状や相当な理由を要求することが困難である場合には例外を認めてきた」と述べた。(80)
 さてここで、デジタル禁制品に対するインターネット上の捜索の、注目すべき特徴が明らかとなる。捜索される家庭や事務所のコンピュータ・システムの数にも関係なく、そして、特定の被疑事実がまったくないにもかかわらず、この捜索は、現在裁判所が示しているように、付帯的損害が実質的に存在しないのである。捜査当局と直接対面するわけでもなく、裁量権の濫用の可能性もなく、私的な情報で関係のない情報を警察に明らかにすることもないのである。裁判所が述べていることは、「(通常の捜索令状に内在する)問題は、本質的にそれが侵入的性格を有するということではなく、捜索対象物が一般的に個人の所有物であるということであり」(81)、インターネット上の捜索の注目すべき特徴は、通常の捜索における侵入的性格なしで、捜索を実行することが可能であるということである。(82)
 結果として、現在の判例のもとにおいては、そのような捜索は、間違いなく「合理的」である。大部分の利益衡量基準が、異なった要素を比較衡量するために、裁判所の判断や裁量が必要であるとはしているものの、保護すべき利益が一方的である場合には、利益衡量は必要とされない。不安定な政府の利益においてでさえも、それがやむにやまれない利益であっても、この捜索は正当化されると考えられる。とりわけプレイス事件(83)及びヤコブセン事件(84)の二つの判決は、次のように結論づけた。「禁制品・・・が、存在するか否かということのみ」(85)を明らかにする、最小限度の侵入行為は、憲法上は捜索として認識されておらず、ゆえに、修正第4条の適用の対象とはならないのである。一連の判決の中で、プレイス事件は、犬の嗅覚を用いて、被疑者のスーツケースの麻薬を見つける際に生じる問題を提起した。裁判所は、禁制品摘発のために「スーツケースを開けるよう要求はしておらず、禁制品以外の物で人目に触れていないものを公表したわけでもなく・・・(それによって)得られた情報は限定的である」(86)との判断を示した。また、裁判所は次のように続けている。

 これらの点において、犬が捜索対象物の臭いを嗅ぐことは、それ自体が特有のものである。情報の入手態様及び手続により明らかにされた情報の内容のどちらにおいても、それらは限定的なものであり、それ以外の調査手続きを認識することはできない。よって、・・・被上告人のスーツケースの公開が・・・訓練された犬によって行なわれたことは、(修正第4条)の「捜索」を構成するものではない・・・。(87)

 被告の所有物の外部に発散する臭気を、犬の嗅覚を用いて検出したという事実から、このような結論に達したという考え方もあるが、(88)裁判所はプレイス事件の翌年に、「(プレイス事件)における政府の行為は、禁制品でないものについては、なんら暴露はしていない」(89)という事実が、本件における結論を導きだす決め手となった事実であることを明確に示したのである。
 ヤコブセン事件は、フェデラルエクスプレス社〔宅配便会社〕の従業員が、荷物の中に偶然発見した白い粉を、連邦捜査官がそのうちの少量を検査したという事件である。その検査においては、小さなサンプルを壊すこととなったが、その物質がコカインであることが判明した。その検査が捜索を構成するかどうかという議論に対して、裁判所は次のように述べた。「その物質が(禁制品)であるのか、『私的』なものとして論じうるものであるのかを、明らかにすることができた政府の行為は、正当なプライバシーの利益をなんら害するものではない」。(90)結果としては、警察の捜索において「保護された財産的利益に与える影響が、警察がその権限を最大限に行使した場合においても、最小限の影響にとどまっている」(91)限りにおいては、警察はそのような禁制品を自由に捜索することができるのである。
 以上の結論は、「明確な境界(bright-line)」基準に近いもので、「利益衡量基準」からは乖離したものであるようにも考えられるが、それは「利益衡量基準」の論理的帰結の裏返しだと考えられるのである。明確に限定された禁制品のみを明らかにすることが可能な、最小限度の政府の侵入的行為には、付帯的な影響は認められず、よって「不合理」であるとも考えられない。裁判官や学者の中には、広い意味での捜査に強制的に従わされていることや、犬の嗅覚による捜索は、明らかに不利益を課すものであると、(92)異議を唱える者もいるが、これらの批判は、「利益衡量基準」の定式化というよりはむしろ、裁判所による侵入的要素の解釈へ向けられているのである。犬の嗅覚による捜索には、捜査官との対面も付帯的損害も伴わないとする、裁判所の暗黙の仮定を受け入れるならば、そのような捜索は本質的に「合理的」である。(93)
 犬と捜索対象物の間の対面関係とは異なり、インターネット上の捜索には付帯的損害に対する損害賠償請求がなされる可能性もない。そのようなことから、ヤコブセン事件における裁判所の論拠が、重要であることは明らかである。インターネット上の捜索が、個人の財産的利益に与える影響は最小限にとどまるものであり、(94)デジタル禁制品の存在以外、「私的」な物をなんら明かすことはなく、ゆえに、インターネット上の捜索を行なうプログラムを実行する捜査官は、修正第4条にいう捜索を実行しているのではないと考えられる。「捜索」は、特定の被疑事実を必要としているので、特定の被疑事実がない場合の例外として「特別の必要性(special need)」を明示する必要があるが、裁判所はその必要性を緩和すると考えられる。


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©1996 by Yale Law Journal.(Reprinted by permission of The Yale Law Journal Company and Fred B. Rothman Company from The Yale Law Journal, Vol. 105, pages 1093-1120.)Translated by Shimpo,Fumio.